【欠如】から始まる自我(エゴ)の世界①
2025年02月06日
この世界に生きるひとりひとりが、自分自身の中に確かにある揺るぎのないものを見つけ、それを指針にしていかない限り、私たちはいつだって孤独なまま外側にあるものに揺さぶられ、その度に彷徨い、右往左往し、見聞き、経験してきたあらゆる残像に振り回されて生きていかなければなりません。
この世界に生きるひとりひとりが、自分自身の中に確かにある揺るぎのないものを見つけ、それを指針にしていかない限り、私たちはいつだって孤独なまま外側にあるものに揺さぶられ、その度に彷徨い、右往左往し、見聞き、経験してきたあらゆる残像に振り回されて生きていかなければなりません。
20代前半の頃、【1年の節目は大晦日ではなく節分】と耳にして、そこから節分という暦に対する思いが少し変化して毎年この日を迎えてきました。
世間では、いよいよ2025年が…とか、風の時代の本格化や、水瓶座の時代などとも言われている一方、
節目というこの世界の区切り。嫌いじゃないです。むしろ好きです。
息を呑むほど驚いたあとにやってきたのは、 喜びだったかもしれません。
非二元という真理にもとづくと、過去も未来もなく、わたしたちには「いま」しかない。
スケジュールのUPを待たずのご予約のメール、お電話でもお気になさらずご連絡ください。
わたしたちの正体は、肉体でも、思考でも、感情でもなくて、意識そのもの。
こんにちは。まだまだ暑い日が続いていますが、いかがお過ごしですか?