現実は個人の意識の様相を帯びる

2026年06月22日

ハーリーの、鐘の音が聴こえると梅雨が明ける-。

まさに先人の言い伝え通りの今年の梅雨明けを迎え、暑さも湿度も本領発揮中の石垣島です。


前回書き綴った祝福の光-。

その光は、愛とも言うことができます。

ですがその愛は、人間マインドで捉えることのできるその範疇を超えています。

愛でもあるこの神の意識は、例外なくこの世界のすべてを包括しているのです。


もう少し整えていうと、この世界の源が、愛であるため、この世界も当然愛であるということです。

原因(内側)が、結果(外側)です。

それがこの世界の真実です。

原因という源は、私たちの内なる神それそのものですから、私たちはそれを含むその結果でもあり、外側であるとも言えます。

愛が源ゆえに、それが成す結果も同様で同等です。

ほんとうに、とてもシンプルです。


ですが、それを認識できるかどうかは、別の話しです。

わたしたちは自我という持ち物、装置ごしにこの世界を認識しているためです。

ほんとうの世界を認識するにはまず、ほんとうの世界を知らないと理解することなのかもしれません。

そしてそれは、真に【知る】ことから始まります。

わたしたちそのものであるかのように見せかけて、実際は持ち物である自我と、ほんとうのわたしたちの性質である神・真我(真理)をです。
そして、わたしたちひとりひとりが、何を掴んでいるか、何に囲まれているか、何に満たされているか、埋まっているか、しがみついているか、どこにあるか。をです。

わたしたちの自我マインドは、常に現実という、肉体的知覚で取り入れられる外側の情報に反応しています。

それが感覚や感情として、いつでもわたしたちを襲います。

ですが、その感覚・感情は、現実にある様(さま)そのものを捉えているものではなく、自我の装置ごしにわたしたちに届けられているということです。

目の前にある現実、起こった起こっている出来事。

それに対しての反応である自己の感情・感覚が深刻な時-。それが個人にとって問題として認識されます。

反応によって自己に届けられる感情・感覚が深刻さをもたらさない場合-。そこに問題はないはずです。


あなたに深刻さをもたらす理由は、その反応をもたらした外側の情報によって、あなたの内側で過去に負ったいまだ癒されていない傷が無意識に揺り起こされ、同様の反応を自動的にしている(強いられている)ためです。

そこに意識がとどまっている時。つかまっている時。

まさにその場所が、疑う余地のないあなたにとっての現実という感情・感覚の、源、原因になっているのです。

その感情・感覚をともなった過去の出来事、癒されること無く過去からずっと自分の心の奥にひっそりと息をひそめて留まっている感情。

それは、傷という自己認識も、もしかしたら無いのかもしれません。

そうしたものをも含めて、あなたにネガティブな現実を体感させるのが、あらゆる過去の出来事で内側に感じた消化できずにある感情。

それだったりします。

これが手に取れるようになると、
「なるほど。わたしたちは、たまたま居合わせた状況や環境によって、無意識下で過去の感情・感覚が想起させられることによって同じ反応を繰り返しているのか。」と思うかもしれません。

ですが、真理は、それが内側にあるから(原因)、その感情・感覚を再び体感するような状況(結果)がやってくる。ということをわたしたちに教えてくれます。

また、過去の想いが、癒されることなく内側にあることで、いまの目の前にある情報に対する反応という感情に、自己意識が同調してしまうことで深刻さを帯びる。とも言うことができます。

過去の経験で覚えた痛みやネガティブな感情を手に取り、それが癒されないかぎり、もしくは同調をゆるしてしまうかぎり、何度でもまた訪れるのです。


ですがそれは、この私たちが抱えている仕組みと、過去の痛みへの癒し方を知り、スタートすることで、その訪問はしだいにそれを見送り、感謝と共に手放すための贈り物へと成り得ます。

日常生活における、ささやかであってもネガティブな感情をともなう出来事が、自分で自分を癒し、原因となる過去を訂正する機会となります。

そしてその歩みの先には、世界が一変するようなほんとうの自分との出会いと、この世界の偽りなき認識が少しずつ、ですが必ず訪れることを、不変の真理は約束してくれています。


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去年の夏に延伸された光を享受し、ヒプノセラピーとカウンセリングとは別に、今年に入り新たに長期講座を開講しています。

期間は半年間と1年間、どちらかの選択。(延長可能)

1対1の完全プライベート講座になります。

今現在は、対面1名、オンラインで1名の計2名の方の内なる光を求める神聖な歩みを、祝福の光のなかで伴走させて頂いています。

先導してくれているのはいつでも、そこに在る内なる神の意識です。
 
同期間に何人の聖なる歩みの伴走が可能かと問う以前に、わたしが担える以上の申し込みは決してないはずです。
希望される方の受講を承ります。

講座の詳細は次回以降に。

読んで下さりありがとうございます。

 

感謝をこめて


Mari


hologram

バンナ公園の歩道に咲く花。
小さくも凛とした、その可憐な美しさ、佇まいが目を惹きます。

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