感情はあなたではない

2026年07月29日

昔、探求をしていく日々のなかで、些細なことがきっかけでパートナーと気持ちがすれ違ったことがありました。

その時わたしのマインドは、

「もう無理。嫌だ。こういうことが嫌だから探求を続けてきたのに。もう限界!」と心が叫んでいたんですよね。

そして「神、もう限界です!無理です!嫌です!」と。

そのあとすぐにわたしに触れたのは、

【わたしに全部渡しなさい。あなたが持つ必要はない。】

というものでした。


【感情に襲われる】という言葉がある通り、わたしたちは生きていくなかで感情に飲み込まれ、圧倒されたり、苛まれたりすることがあります。

それは時折り、ニュースが繰り返し伝える情報や、目を覆いたくなる光景、映像によってもたらされることがあるかもしれません。


でも、わたしたちは感情ではありません。

感情、そのものには決してなれません。

感情はたしかに体感として【わたし】という個人的マインドに触れます。

それと一体化しているという誤認識によるネガティブな感情が、ネガティブな現実という世界をそこに見ます。

感情は、わたしたちのなかでノンコントロールによって発生するエネルギーです。

個人が捉えた情報と化学反応しますし、人によって個々のエネルギーが違うため、感情や言動に差異もみられます。

わたしたちは、エネルギーそのものでありながら、常に化学反応を起こしているともいえます。

そしてその感情という化学反応を、目撃することができるのです。


感情の化学反応は内側で起こっていますから、目には見えません。

物質でもないので手で触ることもできません。

ではどうやって目撃するか。


-意識を向けることで、です。

ここが本来のわたしたちの立ち位置です。

肉体やマインドを持ちますが、本当のわたしたちとは意識そのものです。

個人的意識に何ができるかというと、目撃すること、気付くこと、でしょうか。

わたしという意識(自己意識)が、わたしの持ち物である(肉体と)マインドを目撃する。

そのときわたしたちは、襲ってくる感情と一体化するのでなく、その感情という化学反応を眺めることが可能となります。

そしてそれは、自己のエネルギーの変化→感情の変化→現実の変化、へと繋がり得ます。

真理においては内側も外側もないので、わたしたちは内側にあるのを外側に見て、内在するブログラミング通りのこれまでと同様の化学反応を起こし続けます。表出している見かけは違えど。

それが、【エネルギーと観念と感情とその人にとっての現実(世界)】というプログラミングの外枠です。

内側が外側に映し出されるので、ぐるぐると循環され続け、いつまでも、どこにいっても変わらない感情、つまり個人にとっての現実は続くわけです。

この個人のプログラミングを、意識という目で目撃することが、自己の疑うことのできない現実をもたらす感情、そして感覚の、変容の一助になります。


わたしたちは、感情ではないのです。

感情を無意識に受け入れてしまっているだけなのです。

その無意識が、感情と一体化しているという誤認識をいつの間にかゆるし、感情に飲み込まれ、襲われているという体感をともない、飲み込まれたり圧倒されたり時に苛まれたりするのです。

ですがそれは、決して悪いことでは無いことも伝えさせてください。


感情と一体化する必要はありません。

そのために、感情を意識的に目撃してみて下さい。

慣れてくると、飲み込まれている途中でも気付き、目撃する視点へと移動します。

そのとき、あなたは、感情エネルギーを通すパイプ。ただその通路であることを思い出してください。

ちょうどわたしたち人間の肉体は、口から肛門まで外のモノを通過させる管を、肉体の目でも視覚的に捉えることができます。

感情エネルギーを抱えず、溜め込まず、そして拒否することもせず、ただ、目撃し、自身で発生した感情が、自身を通って出て行こうとしているそのエネルギーの様を、感じながら、そして寄り添いながら、優しい目で眺めてあげてください。

エネルギーは、通行を許されたのなら、去っていきます。


そうして神に渡してください。

どうぞすべてをお任せして渡してください。

あなたが抱える必要はないのです。


そしてもし、去っていかない感情があれば、そこを去れない理由が必ずあります。

それでも寄り添いながらその感情に寄り添い、感じてあげながら見守っていると、その理由さえも受け取る瞬間が訪れることもあります。

気付くとき、受け取る時、パイプの緊張がほどけて通行がゆるされるのかもしれません。


ただし、あなたがそれに気づき、気付かされ、望み、望まされ、真に選択させられたら、です。

それすらあなたによるコントロール下には無いのかもしれません。

自我にとっては、実は感情を抱えているほうが都合が良い場合があります。

本人は忘れていても、心当たりが無くとも、無意識下で意図的に抱え続けられていたりするのです。

驚くような理由で。

でもそれが心から腑に落ちた時、真に手放したいと願い選択へと進んだとき、変容はそのあと訪れます。


変わりたくても変われない。

その理由は必ずあるのです。


読んで下さりありがとうございます。

また書きます。


感謝をこめて


Mari


hologram

台風前のゴールデンシャワー。藤に少し似ている。

空の色と黄色のコントラスト。

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